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作品に学ぶ
評判の悪い『ユア・ストーリー』
2023年9月17日(日曜日)

2019年に公開された映画『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』は結婚イベントがよく話題になる『ドラゴンクエストV』をベースにしたCGアニメ映画です。公開当時、めちゃくちゃ評判が悪いことが評判になり、ある意味、大ヒットした作品です。

評判が悪いと聞いて、続々と劇場へ向かう日本人! さすが国民的RPG! SNSでは「気になったから観てきた! たしかに(以下、批判)」といった報告が相次ぎました。筆者のタイムラインで(リツイートされたものが多めでしたが)あんなに映画鑑賞報告を見たのは、「君の名は」以来だったかと思います。

そういえば『君の名は』って英語表記は"your name."なんですね。日本人はそんなに「ユア」が好きなんでしょうか。筆者が書いているnote『猫アイコンには言われたかない』も『ユアアイコンには言われたかない』に変えたら国民的人気を博すかもしれませんがめちゃくちゃ感じ悪いのでやめておきましょう。うーん、自分にもっと愛国心があれば思い切れたかもしれないのに残念(?)です。

冗談はさておき、ここまで悪評を呼んだ作品が「なぜ評判が悪いのか」はクリエイティブな精神をお持ちのみなさんは気になることかと思います。今回は、そこに着目して『ユア・ストーリー』を振り返ってみたいと思います。

ところで本記事は、「評判が悪いが、実際はどうか」という点に触れる都合で、その"評判が悪いシーン"についての微妙なネタバレを含みます。ただしその内容はボカして表現することにします。

そんなに悪くない

期待と不安が入り交じった気持ちで観た『ユア・ストーリー』の感想は、「言うほど悪くない」でした。

とはいえ、さんざん悪評を聞かされてから鑑賞したので評価のハードルが下がった状態にあったことも否定できません。

細かいことを言えば、序盤の展開が近頃よくある「飽きさせないために間を置かずにどんどん話を進める早回し構成」で情緒もへったくれもない作りなのは気になりました。

『ユア・ストーリー』は劇場映画として公開されましたが、おそらくネット配信も想定していたために"イマドキの視聴者"を「飽きさせず、逃がさない」手法として若年層向けハリウッド映画などによくある「早回し構成」にしたのかもしれません。

ただし、「早回し構成」は序盤、物語の途中まで。中盤以降は、丁寧な描き方をしていてけっこう良い出来だと感じました。

「早回し構成」は前述のように情緒に欠けたり、ちょっと考え事をした隙に置いていかれたりするため筆者は好きではありませんが、物語に緩急をつけるためなら少しくらいは許してやってもいいよ、みたいな謎の上から目線で視聴は続きます。

なお本作の「序盤は早回し」は、微妙に本作の世界背景に関係しているとも言えるので、鑑賞後の感想として批判するのは「不当」な側面もあります。だからといって鑑賞中に抱くネガティブな気持ちは決して間違いではありませんから、難しいところです。

そう、本作はただ単純に『ドラクエV』の物語をCGアニメ化した作品ではなく、独自の背景を持っているために「論じることがとても難しい」作品なのです。特に、本作の鑑賞者と『ドラクエV』のユーザーを映す鏡になっている部分が、"話"をややこしくしています。

批判の中心は終盤にあり

『ユア・ストーリー』に対する批判の"核"は、物語の終盤、いわゆる「ラスボス」と対峙するシーンにあります。

このラスボスが主人公に対して放つ"批判的なセリフ"が、主人公というよりむしろドラクエのプレイヤーに対して向けられていたことが議論を呼びました。ただし、この批判は2種類にわけられます。

ひとつめの論点は、このセリフが「メタ」であること。

本作自体が「主人公=プレイヤー」という"ドラクエの大切な基本"を踏まえてできているので不自然ではないのですが、「メタ構成自体が気にいらない」というのなら、それはそれで正当性のある批判と言えます。ただし、このセリフだけが急にメタになっているわけではないことには注意が必要です。

もうひとつの論点は、もちろんセリフの内容です。

ラスボスが主人公に向かって放つ言葉は、お話の主人公であるルカではなく、ドラクエのプレイヤー(としての鑑賞者)に向けられたとてもネガティブなものです。

SNSでは、これを「制作者からプレイヤーへのメッセージだ」として悪評に次ぐ悪評が渦を巻きましたが、この解釈は完全に誤りです。

本作に限らず劇中の登場人物が、鑑賞者を含む対象を煽り、罵ることはよくあることですが、なんの問題もありません。例えば「人類ほど地球に害をなすものはいない、抹殺すべき」といったセリフを吐く悪役がいたときに、制作者が人類を批判しているとか、テロを肯定していると受け取るのは「おかしい」としか言いようがありません。

これは、決して悪役の言うセリフに限ったことではありません。

たて続けに男に弄ばれた恋愛小説の女性主人公が「男なんてみんなクソ」と言ったとしても、「この作者は男性嫌悪を主題にしている」とはならないでしょう。文脈を読めれば、ですけど。

もちろん『ユア・ストーリー』の物語は、ラスボスが言い放ったネガティブなセリフを肯定しないものになっています。そして、むしろポジティブに展開していくことを見逃すべきではありません。

ネット言論による時代劇化

とはいえ、一度ネガティブな気持ちになってしまえば、その後いくらフォローしても取り返しが付かないことがあるのも事実です。

『ユア・ストーリー』のネガティブ表現は、それを"真に受ければ"ドラクエを強く愛する人に「痛恨の一撃」となるものでした。頭に血がのぼってしまえば、その後の物語が頭に入ってこないこともあり得るでしょう。

ほかにも良い意味ではなく「気になる」ポイントがいくつかあります。『ドラクエV』に因んでいないタイトル、"鳥山絵"ではないキャラクター、いくつかのちょっとした違和感のあるセリフなどなど。

それらは"本作の設定上"では辻褄があっており、終盤の展開の伏線になっているものもあります。ただし、「あれは、こういうわけ」と明言されるわけではないので、そういう意味では少しわかりにくい部分があるのも事実です。

そして、この「本作の設定」が曲者なのです。劇中では仄めかしも含めてきちんと表現されているのですが、好きか・嫌いかとなるとまた別の問題です。中盤の出来が良いだけに、それを壊しにかかる終盤の展開が気に入らないこともあるでしょう。

嫌いなら嫌いで、批判するのはかまわないと思います。ただ、「嫌い」と「悪い」は違いますから、批判のしどころについての正当性は必要です。

もっとも、この作品に対する大きな批判は、作品に隠されていた伏線・仄めかしにわかりにくさがあったり、好まない展開だったり、あるいは原作至上主義者による暴動などというよりも、なにより「この作品は批判するのがトレンド」という流れによって起きたのではないでしょうか。

SNSなどのネット社会は特に反射的な振る舞いを行なう人たちが大波を起こす場所となっており、そこにもともと"空気を読む"ことが美徳とされる日本的価値観が相まって、中身をよく吟味せずに「わかりやすい勧善懲悪」の物語が好まれます。「これは誉める流れ」と見たら誉め、「これは叩く流れ」と見たら叩く。

昨今、映画に限らずアニメやドラマ、ゲームなどの作品はその宣伝のためにネットで話題にされることが求められます。でもネットでは、頭に血が上りやすく、よく吟味せず反射的に行動するひとたちが強い影響力を持ちます。そして彼らの多くは「いつも同じ」「わかりやすさ」を求めます。

それって、日本の"時代劇"ですよね。

いかにも悪そうな人は"悪"であり、裁きがくだされる(べき)、という単純明快な構図。そして水戸黄門や大岡越前のような"権威"、あるいは「みんなもそう言っている」という"正義"にすがり、自分もまた権威と正義の一部としてロールプレイを楽しむ。

創作に携わる人はこの、「ネット社会に迎合することは時代劇化すること」という難問にしばらく頭を悩ますことになるかもしれません。

とはいえ鑑賞した人も、鑑賞していない人も含めてある種の「国民的」ムーブメントを巻き起こしたのですから、『ユア・ストーリー』は"国民的RPG・ドラクエ"の映画化として大成功だったと言えるでしょう。ただし、「わかりやすさ」を兼ね備えていなかったという"咎"で、本作はこの時代劇における下手人とされたのです。

メタな部分を含めて展開したこの物語の全体を『マイ・ストーリー』と思えるかどうかは、かなり"むつかしい"ところですけどね。

仲川正紀
誰得ドット絵芸人を名乗る野良編集者。にちよう企画班でも、文章を書いたりドット絵を描いたりしていますよ。
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