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表現・文化・社会
創作世界考『トゥキディデスの罠』(前編)
2023年2月12日(日曜日)

紀元前5世紀、アテネの歴史家トゥキディデスは「ペロポネソス戦争」に従軍して記録にとどめ、戦争の原因を分析しました。ペロポネソス戦争とは、当時起きたアテネとスパルタによる戦争です。

対ペルシャ戦争後に勢力を拡大した「新興国」である海洋都市国家アテネに対して、内陸を支配する「覇権国」スパルタは不安を抱き、疑心暗鬼に陥り、そして反発します。

両国はそれぞれの同盟国を従えて対立し、ついに開戦に至ると、この戦争は30年近く続きました。

国際政治学者でハーバード大学教授のグレアム・アリソンは、ペロポネソス戦争のように新興国の存在が覇権国を脅かすことで、戦争の危機が高まることを『トゥキディデスの罠』と呼びました。

アリソン教授は著書『米中戦争前夜』において『トゥキディデスの罠』に該当する歴史上の16の例を挙げており、これには、やがて世界大戦に至るイギリスとドイツの対立、太平洋戦争へと至るアメリカと日本の対立、冷戦と呼ばれたアメリカとソ連の対立などが含まれます。もちろん『米中戦争前夜』は現在進行形の危機として、経済的・軍事的に台頭する中国と、衰退しつつあるアメリカの関係に警鐘を鳴らしています。

『トゥキディデスの罠』は「よくある」!?

とはいえ、『トゥキディデスの罠』は大国間の戦争に限った話ではありません。その"力学"が働く、至るところに潜む「よくある」現象です。

例えば、クラスで一番人気の女子とその取り巻きグループが美少女転校生をいじめる理由は「男子たちの視線が転校生に移ったから」という場面に覚えがある人は少なくないでしょう。フィクションではよくある設定ですし、現実にもあると言われています。

転校生はただ早くクラスに馴染んで、いじめられないよう皆と仲良くしたくて愛想よくしていただけなのに、それこそが"覇権グループ"にとっては侵略行為に見え、逆にいじめを誘発する……。

あるいは「優秀な新入社員に嫉妬して、理不尽な要求を繰り返す先輩社員」も、よくある『トゥキディデスの罠』の構図に当てはまる事態です。新入社員はただ仕事を頑張っているだけなのに、先輩社員は「部下に出世で追い抜かれたらどうしよう」と不安になってしまうわけです。あ、べつに"理不尽先輩"が派遣(覇権)社員だから自分の地位が危うい、ということではありませんよ!

フィクションにおける『トゥキディデスの罠』の活用

フィクションにおいて『トゥキディデスの罠』は、物語に登場する人物や組織を自動的に"駆動"させることと、人物や組織の設定的な精度を上げるうえで活用できます。

『トゥキディデスの罠』の法則に照らし合わせると、登場人物は、自分を追う者がいて→そして自信を持ちきれない場合→不安に陥ります。

例えば、「自分には特技がない、難しいことはできない」と感じつつ職に就いている人や、自分が勤める企業の将来に安定性を見いだせない場合、「少子化なのでもっと外国人労働者を招こう」などと言われれば不安に陥ります。これが、「追われる者」の心理です。

逆に、将来有望な会社で上司からよく褒められ、認められていればその不安は生まれないかもしれません。前述したクラスの覇権グループの女子もステキな彼氏がいれば、いくら美少女転校生が"その他男子"の視線を集めても気にしないことでしょう。先輩社員も高く評価されていれば新入社員を気にする必要なんてありません。

もちろん、ここに挙げたいくつかの例は、誇張を含むよくある"ステレオタイプ"であり、常にそうなるわけではありません。しかし、多かれ少なかれ、"自信"の有無は登場人物の心情に影響しますし、フィクションにおいてはぜひ影響させるべきでしょう。

一方で、不安に脅える人や組織が「どういった行動に出るか」には、別の要因が影響します。次回、後編でいろいろなケースを考えていきます。

(つづく)

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