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コラム
「小さくしろ」「完成させろ」は本当にだいじなことなのか(後編)
2023年8月20日(日曜日)

今回は、自分自身がこれまでにいろいろなものを作ってきたうえで失敗してきた反省点を交えつつ、ゲーム制作ツールの開発や投稿作品の審査を通じて見てきた「クリエイターがぶつかりやすい壁」について、特に重要だと思う3つの「しない」を紹介します。「しない」は、実行することが難しくないですからね。まずは、ここからです。

①プロの真似をしない

創作の道を志す人は、多かれ少なかれプロの作品に影響を受けるものですが、プロへの対抗意識を燃やしたり、プロのやることをただ真似するのは危険です。

作品を販売しようとすることも一種の「プロの真似」です。これをやってしまうと、「お金をもらうのだから、それなりのボリュームにしなければ」とか、斬新さ、品質といったものに過剰にこだわるようになってしまいます。

ゲーム制作に充分慣れてから「お金をいただけるものにする」という発展的な考え方で挑むならともかく。これまで誰かに高く評価されたこともなく、期待の声が集まっているわけでもないのに、いきなり「売れるゲームを作る!」というのは、たいていの場合「よけいな足かせ」になります。

また、「宣伝」によって期待を煽ることも危うい行為のひとつです。"宣言"して退路を断つことの効果は大きいのですが、問題があっても「やっぱり、やめた!」とは言いにくいため、やめどきを見失う大きなリスクがあります。

「完成」にこだわると陥りやすいこの「プロの真似をする」罠は、時間を無駄に浪費させ、ときには人生そのものの落とし穴になりかねません。既存の作品や有名クリエイターに対する批判の気持ちが創作の動機になる人は、この罠に陥りやすいので要注意です。

もっともプロだって、進行中のプロダクトが開発中止になることは普通にありえます。表沙汰にはなっていないだけです。ゲーム制作ツールでおなじみの『ツクールシリーズ』も、かつては企画されたタイトルが少なくない割合で「お蔵入り」になることがありました。自分で担当していたものも、そこに含まれます。

お蔵入りに至らなくても、なんらかのかたちで「危機」が訪れることは決して稀ではないでしょう。開発期間が延びて資金難に陥ったり、開発スタッフが逃げたり……。それでもプロはなんとしても完成させ、発売するために尽力しますが、それを一般ユーザーが知る機会は多くありません。

「無事発売するために○○を削りました!」なんて言ってもマイナスでしかありませんからね。過去の話として"時効"になってから「秘話」を耳にする機会はあるものの、それでも「話せること」の一部にすぎません。

そういった影に隠された努力も含めて本当の意味でプロを見習うのならいいのですが、無事発売され、人気を得て、クリエイターが喝采されている「いいところ」だけを見て真似をしても、良い結果には結びつかないでしょう。

②原作から移植しない

なにか作品を作るとき、その内容は新たなアイディアで構成することが大切です。以前考えた「原作・原案(小説・プロットなど)」を"ゲーム化"するとか"ビジュアル化"したいという人は多いのですが、かなり危うい行為です。

20世紀末くらいからアニメやゲームを中心に「原作に忠実」に移植することが過剰に評価・期待されるようになっており、「改変」を嫌う価値観が幅を利かせていることも危うさに拍車をかけています。この価値観に呑まれると、融通が利かず、「移植」的な制作には苦労することになります。たとえそれが、誰も知らない原作だとしても。

そもそも移植はあまり楽しい行為ではなく、モチベーションも低めのスタートになります。自分に正直になれば、原作を移植したいというよりも「原作を評価されたい」という気持ちが上回っていることに気付くことも少なくないでしょう。

ゲームもコミックも小説も映像作品も、それぞれに適した内容があります。

例えば小説はビジュアルを用意しなくていいからこそ壮大なものを描けることが大きな利点のひとつであり、それをコミックやゲームに移植しようとすると「読者が頭のなかで想像すれば済む」ことを具体化する必要が出てきて作業が膨大に膨れ上がります。ゲームにするためのシナリオと小説はまったく別のものと考えるべきです。

ゲーム化の場合は「システム的に無理」となることも少なくありません。

筆者はゲーム制作ツールの開発に携わっていた頃、ユーザーから届く「自分のアイディアを実現するために必要なシステムを追加してほしい」というタイプの要望をよく目にしたものですが、記憶にある限り、そういう人から投稿作品が届くことはありませんでした。逆に投稿者としてよく名前を見る人から届く要望は、ツールの既存の仕組みを「より良くする」ものが多かったと記憶しています。

ツールの開発側としては(次期バージョンでなら)前者の要望にも応じたいと考えていたのですが、ニッチな要望を採り入れることは全体を複雑化させやすく、整合性がとれずにある意味「共倒れ」のようになるケースもありました(反省)。

③あとから勉強しない

なにかを作るときには、ほかの作品に触れることが「勉強」になることがあります。ただし、制作を始めてから「勉強のため」といって他の作品に触れるのは良くありません。「やりたいこと」あるいは「やらなければないない!」と思うことが増えて、制作中の作品が肥大化しやすいからです。

他の作品に触れて学ぶこと自体は良いことだとしても、作り始めてからすることではありません。制作に必要なことは事前に勉強したり、試したりしておくことが大切です。

なお、作業を進めるつもりの日に「勉強」だけして実作業が進まなかったときに「今日は勉強したからOK」とするのは、ただ逃げているだけ。かなり悪い兆候です。筆者もこれで"相乗的"に時間を無駄にしたことがあります。

まとめ

今回は3つに限定しましたが、お話しできることはまだまだいっぱいありそうです。自慢じゃありませんが、筆者は失敗の経験は豊富なのですよ(ほんとに自慢になってない!)。

今後も折を見てクリエイター・表現者のみなさんの「糧」、あるいは「踏み台」になるお話をしていければと思います。ご期待ください!

(つづく?)

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